今回は自然に触れることで心身の健康が高まることについての研究を紹介します。
今や世界の人口の半数以上が都市に暮らしていると言われ、多くの人々がコンクリートに囲まれた狭い空間に暮らしています。
都市の無機質で大気汚染と騒音の絶えない環境というのは、人間の健康にとってマイナスになることがこれまで多くの研究で指摘されています。
人類は元々、自然に囲まれた環境で暮らしてきましたが、文明が発達するに従って、町や都市が作られ、人工的な空間で暮らすようになりました。
自然の環境というのは、人類の謂わばふるさとであり、自然に触れることで、都会生活で失われた健康が改善することが近年の研究で指摘されています。
この記事を読むことで自然に触れることの大切さを知ってもらえたらと思います。
目次
NK細胞を活性化させる
こちらは日本での研究報告です。
東京の3つの大企業から、37〜55歳の健康な男性12名に、2泊3日かけて日本の3カ所の森林に滞在してもらったところ、12名中11名は、旅行前に比べて免疫細胞のNK活性が約50%上昇したことが報告されています。
NK細胞は体の中の自然免疫を担う細胞ですので、NK活性が上昇することで免疫に良い効果がもたらされる可能性があります。
森林に滞在してNK活性が上昇する理由については、樹木が発散するフィチントッドと呼ばれる物質が人間の嗅覚神経を通して作用しているのではないかと言われています。
不安や抑うつに良い効果がある可能性
Morbidity is related to a green living environment - PubMed (nih.gov)
横断研究になりますが、オランダの開業医の電子カルテから得られた345143人のデータを対象とした研究では、24つの病気のうち15の病気の年間有病率は、半径1km圏内の緑地が多い生活環境の方が低かったという報告があります。
この関係は、不安障害とうつ病で最も強かったとのことです。
また、子どもや社会経済的地位の低い人では、より強い関係が見られたという報告がされています。
すなわち緑が多い場所に住んでいる人々、特に子どもや経済的に恵まれていない人々は、そうでない場所に住んでいる人々に比べて、メンタルヘルス不調の割合が少なかったということです。
この結果は因果関係を示すものではないので、緑の多い場所に住めば必ずメンタルヘルス不調が良くなると言える訳ではありませんが興味深い報告です。
こちらは2020年に報告された論文で、これまで行われた自然と健康との関連を調べた研究を、メンタルヘルスの効果に言及した研究に絞って分析したところ、森林浴が不安の改善に特に効果的であるとのことでした。(森林浴については後述します)
こうした有望な結果が報告された一方で、これまでの研究にはバイアス(偏り)があるため、今後、効果の持続時間や他の治療法との比較を研究に含む必要があると解説されています。
脳や認知機能に良い効果がもたらされる可能性
農村と都市の両方の生活経験を持つ30名の被験者が参加したこちらの研究では、MRIを利用して脳の血流を確認したところ、自然の風景を見たときには快感、共感、のびのびした思考などに関連する前帯状皮質、島皮質などに血流が流れることが確認されています。
一方、都会の風景を見たときには記憶に関わる海馬とともに、不安や恐怖心、ストレスに関わる扁桃体の活性化が優位でした。
2022年にJAMAに掲載されたこちらのアメリカの女性13594人(平均年齢61.2歳)を分析したコホート研究では、緑の多い場所に住むことは、認知テスト、精神運動速度・注意力の差と関連があったとのことです。
学習・作業記憶との関連は見られませんでした。
この結果から住居の緑地面積を増やすことは、認知機能にプラスに働く可能性があると報告されています。
社会性が高まる可能性
アメリカのシカゴの団地98棟を調べたこの研究では、植物がほとんどない中庭、コンクリートと樹木が混在する中庭、緑が豊かに茂る中庭の3種類の中庭があり、それぞれの団地の住人の犯罪率を調べています。
窓から緑が多く見える棟は、緑が少ない棟に比べて窃盗犯罪率の件数が48%少なく、暴力犯罪は56%少なかったと報告されています。
これは緑の効果だけでなく、緑のある中庭があることで、住人たちが中庭に出るようになり、コミュニケーションを取ることで互いの行動に注意を払うようになったことも関係しているとのことでした。
森林セラピー
日本では森林セラピーという森林の中に入ってこころと体を癒す取り組みが全国各地に導入されています。
地域にもよりますが、団体利用で日帰りや宿泊するコースもあるようです。
コースを利用しなくても、個人または友人、家族らと共にこうした森林を訪れて、散策することで、自然に触れることができて心身に良い効果が期待できそうです。
私は高校生の時に登山部に入っていたのですが、部活では日帰りで山に行ったり、テントを持参して山の上で何泊もするような活動を行っていました。
山の中の自然に触れることで、心身が開放的になりとても良い経験ができたと思っています。
ただ、登山は悪天候に遭遇したり、場所によって転落の危険性がある道もあるため、常に安全安心という訳ではありません。
本格的な登山よりも森林浴やハイキングのような形で自然に触れる方が安全と言えます。
しかし、そうは言っても、森林の中でも遭難したり、危険な動物や虫に遭遇する可能性もあるので、現地の注意事項を事前に確かめてから自然の中に入って下さい。
自然に触れることが健康に良いとしても、当然ですが自然は安全な環境ばかりではありません。
安全面によく注意しながら自然を楽しんでもらえたらと思います。
どのくらい自然の中で過ごすと良いか?
では、どのくらいの時間、自然に触れると良いのでしょうか?
個人差はあるので絶対的な指標はないですが、ある研究で時間の目安を示してくれています。
こちらの英国で行われた研究は、19,806人のデータを分析したところ,前の週に自然と触れることがなかった場合と比較して,週に120分以上の自然との接触で健康状態や幸福度が高いと報告する可能性が高くなったと発表しています。
この「週に120分以上」の自然との接触は1回の接触でも、数回に分けた接触でも大きな違いはなかったとのことです。
1日あたり20分程度、自然に触れることができれば週に120分以上を満たすことができます。
また、平日に自然に触れることができなくても、土日に1日1時間ずつ自然に触れることができれば120分を満たせるので、難易度はそこまで高くなさそうです。
まとめと参考文献
以上のように、これまで世界各地で自然の健康への効果についての研究が数多く行われてきました。
都会生活によって多くの人の心身の健康が損なわれている現代社会においては、自然の健康への効果というのは、これからも注目されていくと考えられます。
都心部に住む方々で普段、自然に触れる機会が少ない人は、健康のためにも自然に触れる機会を増やしてみてはいかがでしょうか。
今回、参考文献にした本です。
この本では著者が様々な国や地域を訪問して、自然の健康への効果を実体験や研究報告を基に紹介してくれています。
文章量は多いですが、今回の記事で紹介した研究も含めて、自然に触れることの大切さを示唆する興味深い内容を提供してくれています。
興味があれば一読してみることをお勧めします。
ここまで読んで頂き、ありがとうございました。