近年、腸内にいる細菌が私たちの健康に大きく関わっていることが研究で分かってきています。
今回は腸内細菌と健康について、現在までに分かっていることについてまとめていきたいと思います。
目次
腸内細菌とは
人間の腸の中、主に大腸には約1000種類、100兆個にも及ぶ腸内細菌が生息しています。
腸内細菌には、善玉菌と悪玉菌、そのどちらでもない中間の菌と、大きく3つのグループに分けられています。(近年はそのグループ分けも変わってきており、詳細は後述します)
これらの菌は互いに密接な関係を持ち、複雑にバランスをとっています。
腸内細菌の種類は個人、性別によって異なり、食習慣、国、地域によっても異なってきます。
たとえば、日本人の腸内細菌の構成は他の国の人と比べて独特で、ビフィズス菌が多いことが知られています。
菌の数は年齢によって増減はあるものの、菌の種類は一生を通じてほとんど変わらないことも分かっています。
人間の場合、生後3年くらいで腸内細菌が安定してくると報告されています。
腸内細菌の基本
腸内細菌の構成
腸内細菌にはこれまで善玉菌、悪玉菌、それ以外の中間の菌がいると言われてきましたが、最近では必ずしもそれぞれの役割が単純なものではないことも分かってきています。
たとえば、これまで悪玉菌と呼ぼれていた菌でも、中には人体に良い物質を産生していることが報告されています。
善玉菌を増やし、悪玉菌を減らすことは大事ですが、腸内細菌の多様性が高い方が良いのではないかという考えが最近は主流になりつつあります。
実際、腸内細菌の多様性が高い方が、腸内細菌が産生する人体に良い物質も多く作られることが分かっています。
腸内細菌が産生するもの
腸内細菌は、短鎖脂肪酸と呼ばれる酢酸、プロピオン酸、酪酸、また乳酸やコハク酸といった人体に良い影響を与える物質を作り出します。
酢酸は腸内の炎症を抑えたり、細胞の修復を促したりする作用、プロピオン酸は腸内のエネルギー代謝や脂質代謝に良い影響を与える作用、酪酸は大腸の細胞にエネルギーを供給する作用があります。
これらの短鎖脂肪酸は、食事で食物繊維を多く摂取すると、大腸の中の濃度が増えることが分かっています。
乳酸は乳酸菌によって産生されますが、免疫力に良い影響を与えることが分かっており、最近では乳酸が少ないことと認知症になることに関連があるという報告もされています。
腸内細菌の構成に影響を与えるもの
食事
食事の内容は腸内細菌に大きく影響を与えます。
野菜や果物、豆類、全粒穀物などに多く含まれている食物繊維を多くとることで、腸内細菌の多様性が増えて、善玉菌も増えていきます。
前日に摂取した食物繊維の量が、全体の15%の腸内細菌に影響を与えることが分かっています。
食物繊維が足りないと、腸内細菌が腸のバリアになる粘液を栄養として多く消費し始め、腸のバリア機能が低下することがマウスの実験で分かっています。
肉や油を中心とした高脂肪食は、腸内細菌の多様性を低下させます。
それによって、短鎖脂肪酸が減少して、腸内細菌による腐敗産物や、炎症に関わる物質が増加することが報告されています。
抗菌薬
抗菌薬、いわゆる抗生物質は腸内細菌に影響を与えます。
幼少時に抗生物質を使うと、腸内細菌の変化によって子どもの肥満のリスクが上昇することに関連すると報告されています。
ただ、子どもの時は感染症によっては抗生物質を使わないと時に命にも関わる場合もあるので、そうしたケースでは必ず抗生物質を使わなければなりません。
抗生物質が必要なケースには必ず抗生物質を使い、そのほか必ずしも抗生物質が必要ではないと考えられるケースでは、腸内細菌の維持のためにも、抗生物質をなるべく使わないことを心がけた方が良いでしょう。
なお、抗生物質の必要性については医師の判断を仰ぎ、自己判断で抗生物質を勝手に止めるようなことはしないで下さい。
運動
運動習慣は腸内細菌に影響を与えます。
ある研究では、プロのラグビー選手と座る時間の長い人々の腸内細菌を比較したところ、ラグビー選手の方が短鎖脂肪酸である酪酸、プロピオン酸、酪酸を産生する善玉菌が多いことが確認されています。
また、長距離ランナーの糞便に含まれる特定の腸内細菌をマウスに移植したところ、マウスの運動パフォーマンスが上がったと報告されました。
これは運動によって体内で産生された乳酸を利用する腸内細菌が増えたことが影響しているとのことです。
ストレス
ストレスがかかると腸の細胞が分泌する免疫に関わる物質が減少して腸内細菌の構成が乱れることが報告されています。
プロバイオティクスとプレバイオティクス
プロバイオティクスとは、「腸内細菌のバランスを改善することにより人に有益な作用をもたらす生きた微生物」と定義されています。
乳酸菌やビフィズス菌などがそれに該当し、それらの細菌を含んだヨーグルトや乳酸菌飲料などをプロバイオティクスと呼ぶことが一般的です。
プロバイオティクスとは、「特定の腸内細菌の増殖および活性を選択的に変化させることより、宿主に有利な影響を与え、宿主の健康を改善する難消化性食品成分」と定義されています。
オリゴ糖や乳清発酵物がそれに該当し、プロバイオティクスが直接腸内細菌を体内に入れるのに対して、プレバイオティクスは腸内細菌に与える栄養素ということになります。
脳腸相関
脳と腸は自律神経やホルモンなどを通じてお互いに影響を与える関係にあります。
ストレスを感じると、お腹の調子が悪くなって便秘や下痢になることがありますが、これは脳が自律神経やホルモンを介して腸にストレス刺激を伝えるからです。
逆に、腸の粘膜の炎症やバリア機能が障害されることで、脳の不安感が増して、行動や食欲が変化することも分かっています。
この双方向の関連を脳腸相関と呼びます。
腸内細菌が産生する物質は腸から脳へのシグナル伝達に関わっており、腸内細菌によって作られた乳酸、酪酸などの短鎖脂肪酸、GABA、胆汁酸などが体内の様々な経路を通じて脳に影響を与えています。
特に酪酸には抗うつ作用や認知機能改善作用があることから、現在も研究がさかんに行われています。
腸内細菌と病気
うつ病
うつ病の患者さんの腸内細菌を調べたところ、酪酸を産生する特定の菌が少なくなっていることが報告されています。
腸内細菌の構成や腸内細菌が産生する酪酸、GABAなどが、うつ病に関わる体内の各種の受容体やメディエーターの遺伝子発現に影響を与えることが分かっています。
脳腸相関の研究を通じて、腸内細菌がうつ病に関わっていることが明らかになってきています。
研究では、特定の腸内細菌を体内に入れることで抑うつ症状の改善が認められることが報告されています。
うつ病の患者さんを対象に、抗うつ薬のみを使うグループと、腸内細菌であるプロバイオティクスをうつ病の薬と共に使用するグループとに分けて8週間経過を見たところ、プロバイオティクスと抗うつ薬を使ったグループの方が、抑うつ症状がより改善したということも報告されています。
今後、腸内細菌も視野に入れたうつ病の治療の発展が望まれます。
大腸がん
近年、大腸がんに関わる腸内細菌がいくつも特定されるようになってきました。
1種類の腸内細菌だけではなく、いくつもの種類の腸内細菌が関わっており、それに加えて、食事や遺伝子なども大腸がんの発症に関わっています。
大腸がんの場合、赤肉(豚、牛、羊)や加工肉の取り過ぎが発症リスクを高めることが分かっており、食物繊維の多い野菜や果物をしっかり取ることがリスク低減に役立ちます。
アレルギー
アレルギーに腸内細菌が関わっていることが分かっています。
卵アレルギーを持つ子供の腸内細菌を調べたところ、アレルギーを持たない子供に比べて酪酸を産生する腸内細菌が少ないことが報告されています。
これが過剰な免疫を抑制する細胞の減少につながり、アレルギーを起こす一因となっているようです。
酪酸を含む短鎖脂肪酸を増やすためには、食物繊維を多く含んだ食事を取ったり、プロバイオティクスを摂取することが役に立つので、こうしたものが今後アレルギーの予防や治療に取り入れられる可能性もあります。
過敏性腸症候群
過敏性腸症候群はお腹の痛みや不快感とともに、便秘や下痢などを繰り返すもので、日本では1000万人以上の方が過敏性腸症候群を患っていると言われています。
日本人の過敏性腸症候群の患者さんの腸内細菌を調べたところ、乳酸を代謝する菌と、乳酸を酢酸やプロピオン酸に変える菌が通常よりも多いことが報告されています。
過敏性腸症候群は腸内細菌の異常によって、腸から脳へのシグナル伝達に異常が出ていると考えられています。
過敏性腸症候群に対して複数の菌の含まれたプロバイオティクスを投与することで症状が改善したという報告があります。
日本の治療ガイドラインでも現在、治療法の1つとして医薬品によるプロバイオティクスが推奨されています。
糖尿病
2型糖尿病の患者さんは、健常な人と比べて腸内細菌の構成が乱れており、便の中の酢酸やプロピオン酸が少なく、また腸のバリア機能が一部壊れて、腸内細菌が血液に流入しているという報告があります。
血液に腸内細菌が入ってくることで、慢性炎症を引き起こしている可能性があると言われています。
食物繊維を多く取ることで、ビフィズス菌や酪酸を産生する菌が増加し、血糖値の改善につながったという報告があるため、糖尿病の方は普段から食物繊維をしっかり取ることを意識した方が良いでしょう。
肥満症
海外では腸内細菌の中に肥満菌、やせ菌がいて、それらが体重に関連しているのではないかということで、これまでに研究でいくつかの菌が同定されてきました。
しかし、日本人の場合はこれらの菌が肥満、やせとは関連していないことが分かり、別の菌が関与している可能性があるという報告があります。
今後は、この分野でもさらに研究が進んでいくと思われます。
プロバイオティクスの例
プロバイオティクスには医師が処方する医薬品もありますが、現在は保健機能食品(特定保健用食品、栄養機能食品、機能性表示食品)の中にも多くのプロバイオティクスがあります。
細菌ごとにプロバイオティクスについて紹介していきます。
乳酸菌
乳酸菌は糖を材料に乳酸を作り出す細菌類で、乳酸のみを産生する乳酸菌と、ビタミンCや酢酸なども同時に産生する乳酸菌がいます。
様々な種類の乳酸菌が存在し、現在、それぞれのプロバイオティクスとしての効果検証の研究が進んでいます。
シロタ株
最近、ヤクルト1000がネットで話題になり、売り切れが続出しているのは皆さんもご存じかも知れません。
ヤクルトに含まれるシロタ株という乳酸菌は、これまで最もよく研究されてきた乳酸菌で、片頭痛、肝硬変などの症状を改善させるという報告があり、その効果が実証されてきました。
シロタ株のプロバイオティクスは、乳酸菌だけでなく他の善玉菌も増加させることも報告されています。
1073R-1株
乳酸菌1073R-1株は明治プロビオヨーグルトR-1で有名です。
この1073-R1株を含んだヨーグルトを使った研究では、ヨーグルトを摂取した被験者の唾液を調べたところ、免疫に関わるIgAという物質が増えたことが報告されています。
また、別の研究では1073-R1株を含んだヨーグルトで夏バテの疲労に効果があったという報告もあります。
いずれもランダム化比較試験で行われている研究であり、科学的なエビデンスの質は高いと言えます。
L-92株
L-92株は子供や大人のアトピー性皮膚炎の症状を改善させたという報告があります。
大人を対象にした研究では、アトピー性皮膚炎の症状改善に加えて、アレルギーに関わる好酸球の減少も認められています。
ラブレ菌
京都の漬物「すぐき」から発見された乳酸菌です。
下痢をしやすい過敏性腸症候群の症状を持つ44人の被験者を、ラブレ菌を摂取するグループと、プラセボ(偽薬)を摂取するグループにランダムに分けて経過を見たところ、下痢の症状が改善したことが報告されています。
ビフィズス菌
ビフィズス菌は乳酸や酢酸を産生して、腸内のphを低下させ腸内環境を整えます。
大腸のいわゆる善玉菌の90%以上はビフィズス菌が占めています。
日本人は他国の人に比べてビフィズス菌が多いとされていますが、最近の日本人の中には原因は不明なもののビフィズス菌がない人もいるようで、便がゆるい傾向の人はビフィズス菌が少ないことも分かっています。
ビフィズス菌は胃酸に弱いため、錠剤で呑む場合は食後が原則となっています。
BB536
健康な乳児から発見されたビフィズス菌で、日本におけるビフィズス菌サプリメントで最も多く使用されています。
他のビフィズス菌に比べて酸に強く、生きたまま大腸に到達できる菌とされています。
マレーシアの子供を対象にした研究では、BB536の投与で風邪の発症率が低下し、症状の期間も短くなったという報告があります。
この研究では、BB536が産生した酢酸を利用して、炎症を抑える別の善玉菌が増えたということが分かっています。
酪酸菌
過敏性腸症候群の患者さんを対象に、酪酸菌を投与するグループと、プラセボ(偽薬)を投与するグループにランダムに分けて経過を見たところ、酪酸菌を投与した群で症状の改善が認められたことが報告されています。
酪酸菌は、乳酸菌やビフィズス菌に比べて研究はまだ十分に進んでいないものの、今後さらに調査が行われていくと思われます。
プレバイオティクスの例
プレバイオティクスは、乳酸菌やビフィズス菌などの善玉菌と呼ばれる菌の栄養になる食品成分です。
代表的なものとして、難消化性オリゴ糖、食物繊維があります。
オリゴ糖
オリゴ糖はビフィズス菌などの善玉菌を増やす作用があり、様々なタイプのオリゴ糖を含んだプレバイオティクスの食品が現在発売されています。
マウスを対象にした研究では、オリゴ糖摂取で肥満の改善、腸の炎症の抑制などが認められています。
食物繊維
食物繊維には水溶性と不溶性(水に溶けない)の2種類があります。
水溶性食物繊維には発酵してカロリーが発生する食物繊維があり、高発酵性と低発酵性のものに分かれます。
特定保健用食品で最も使われている難消化性デキストリンは水溶性食物繊維です。
他にもグアーガム酵素分解物、アラビノキシラン(小麦ブラン)、β-グルカン(スーパー大麦)、レジスタントスターチといった水溶性食物繊維があり、これらは高発酵性食物繊維に分類されます。
グアーガム酵素分解物を使った研究では、グアーガム酵素分解物を摂取することで下痢の症状が改善したという報告があります。
シンバイオティクス
プロバイオティクスとプレバイオティクスの両方を含んだ飲食物をシンバイオティクスと呼びます。
シンバイオティクスの製品そのものを使った研究は多くはないですが、それぞれに含まれる単独の成分に関してはエビデンスがいくつも行われています。
サンファイバープラス酪酸菌は、グアーガム酵素分解物と酪酸菌が含まれています。
プロバイオティクスを使う時の注意点
厚労省からはプロバイオティクスについて以下の注意喚起がされています。
- プロバイオティクスは、急性下痢症や抗生物質関連下痢症、アトピー性皮膚炎(乳幼児に最も多く見られる皮膚疾患)の改善に有用な可能性があるとするいくつかの科学的根拠(エビデンス)があります。
- プロバイオティクス製剤の中には、研究で有望な結果が示されたものもありますが、ほとんどの症状・疾患に対して、それ以外のプロバイオティクスの使用を支持する強固なエビデンスは不足しています。
- 研究では、プロバイオティクスは通常、副作用がほとんどないということが示唆されています。しかしながら、安全性、特に長期摂取の安全性に関するデータは限られており、基礎疾患のある人では重篤な副作用のリスクが高くなる可能性があります。
- プロバイオティクス製品は異なるタイプの細菌が含まれ、人の体にさまざまな影響を与えます。また、その影響も人により異なります。プロバイオティクスサプリメントの摂取を検討している場合には、まずは、かかりつけの医療スタッフに相談しましょう。科学的に立証された治療法を、立証されていない製品や療法に置き換えてはいけません。
厚生労働省eJIM | プロバイオティクスについて知っておくべき5つのこと | コミュニケーション | 「統合医療」情報発信サイト (ncgg.go.jp)より
病気で病院に通院している場合は、プロバイオティクスを薬代わりにするのではなく、医師と相談してプロバイオティクスを使用するようにして下さい。
まとめ
腸内細菌は人間の心身の健康に大きく関わっており、腸内細菌の多様性を増やすことが重要になってきます。
腸内細菌の多様性を増やすには、食物繊維や発酵食品を多く摂取して、油や肉類の多い高脂肪食を取り過ぎないようにする必要があります。
近年、プロバイオティクスやプレバイオティクスの効果が臨床研究で明らかになってきており、病気の治療にも活用されてきています。
今後も腸内細菌の研究は更に進んでいくものと思われます。
ここまで読んで頂き、ありがとうございました。
参考文献:
「すべての臨床医が知っておきたい腸内細菌叢〜基本知識から疾患研究、治療まで」