半導体の地政学

今回は半導体の地政学について、こちらの本を参考に解説します。

2030 半導体の地政学 戦略物資を支配するのは誰か

半導体は今やあらゆる製造業、サービス業に欠かせない部品であり、半導体がなければ現代人の生活は成り立ちません。

もはやインフラの一部と言って良い半導体ですが、この半導体のサプライチェーンが国家間の安全保障にも深く関わってきており、現在、半導体が地政学を左右する様相を見せています。

半導体はPCやスマホなどのデジタル機器だけでなく、自動車にも多く使われており、EVや自動運転が普及すれば半導体の役割は更に増してきます。

世界で1年間に出荷される半導体チップの数は1980年には約320億個だったのが、2020年には1兆360万個にも膨れ上がっています。

中国の台湾への侵攻の脅威が年々高まっていますが、中国を台湾への侵攻に駆り立てるものに、台湾の半導体企業であるTSMCの存在があります。

TSMCは半導体を受託生産するファウンドリーの世界最大手の企業であり、技術力でも規模でも世界のほかの企業の追随を許しません。

エヌビディアやクアルコムといった米国の大手をはじめ、世界のほとんどの半導体メーカーが製造を委託し、TSMCの生産力なくしては製品を市場に送り出せないのが、今の半導体市場です。

特に微細加工の技術はTSMCの独壇場です。

半導体を製造するに当たって必要な物と過程には以下のものがあります。

①半導体チップ

②設計ソフト

③要素回路ライセンス

④半導体製造装置

⑤ファウンドリー

⑥製造後工程

⑦ウエハー

アメリカは①~④で世界トップのシェアを占める一方、台湾は⑤と⑥で圧倒的なシェアを占めています。

台湾のTSMCは⑤のファウンドリーで世界の60%のシェアを占め、2位のサムスン電子の13%を大きく引き離しています。

日本は30年前には半導体大国として存在感を示していましたが、現在は凋落して⑦のみで世界トップのシェアを占めています。(東京エレクトロンなどは製造装置のいくつかの領域でトップを占めていますが、製造装置は全体で見ればアメリカがトップです)

現在、アメリカのバイデン政権は半導体のサプライチェーンを自国に集中させようと、台湾のTSMCや韓国のサムソンの工場を誘致しています。

2021年にはアメリカは半導体の工場や研究開発拠点に520億ドル(5兆円以上)の予算を投じています。

アメリカの仮想敵国である中国は半導体の官製ファンド、地方政府のファンドに10兆円以上を投じており、EUは「欧州半導体連合」の結成のために、約150億ドル(2兆円以上)をデジタル産業の育成に充てています。

半導体産業は国家の基盤にも関わるため、各国がこぞって半導体へ莫大な投資を行っています。

2018年にアメリカのトランプ前政権は国家安全保障上の脅威として、中国のファーエイに対して経済制裁を行いました。

当時、世界の「5G」基地局の3分の1をファーエイ製品が占めていましたが、ファーエイ製の通信機器を通して情報を抜き取られる懸念があり、それはアメリカの安全保障上の大きなリスクでもありました。

トランプ政権はアメリカからファーエイへの半導体の輸出規制を行い、ファーエイの息の根を止めようとしましたが、台湾で生産される半導体チップの中国への輸出はその時点では止めることができませんでした。

ファーエイの子会社に半導体メーカーのハイシリコンという会社があります。

ハイシリコンはチップの開発・設計に特化した会社であり、台湾のTSMCに製造を委託していますが、世界トップクラスの技術を持つハイシリコンが半導体を中国に供給する限り、ファーエイのサプライチェーンを止めることはできません。

2020年5月にはトランプ政権はアメリカ製の機器やソフトを使って製造した半導体をファーエイに輸出することを禁止し、この措置を外国企業にも適用しました。

これによって、台湾のTSMCは中国のハイシリコンにチップを供給できなくなります。

この措置は中国政府をいらだたせ、中国が台湾に侵攻するリスクを高める可能性があったことから、その後、アメリカとヨーロッパが共同で海軍の艦船を台湾へ向かわせて、台湾海峡での緊張が高まりました。

このように台湾のTSMCの技術力が地政学リスクのキーになっていることから、アメリカは台湾を守りつつ自国へのTSMCの工場の誘致に努め、中国は台湾への侵攻を決してあきらめないという状況が続いています。

TSMCの半導体チップの微細化の技術は世界トップであり、その技術は2ナノメートルもの微細なチップの製造を可能にしています。(1ナノメートルは1mの10億分の1。インフルエンザウイルスは100ナノメートルなので、ウイルスよりもはるかに小さいチップになります)

TSMCの時価総額はトヨタ自動車の約2倍もあり、売り上げの約半分はアメリカ向けで、約2割が中国向けです。

アメリカが台湾への関与を強めているのは、民主主義の陣営を守りたいからではなく、このTSMCの半導体を守りたいからであると言えます。

2020年にドイツは、連邦海軍のフリゲート艦1隻をインド太平洋に派遣する計画を明らかにしました。

ドイツが第二次大戦後、アジアの海洋の安全保障に目を向けたのはこれが初めてです。

ドイツはこれまでフォルクスワーゲン、ダイムラー、シーメンスなど国内の輸出企業の歓心を買うために親中路線を取ってきましたが、近年その方針が転換しつつあります。

現在、ガソリン車やディーゼル車に代わって電気自動車(EV)が普及しつつありますが、EVは機械製品というより電子製品と言うべき製品です。

EVはこれまでの内燃エンジンに代わってモーターで車を動かしますが、データでモーター制御を行い、そのデータ処理に半導体が使われます。

自動車のコントロールには膨大な量のデータを超高速で処理する必要があり、そのために半導体の車載チップが欠かせません。

中国は14億人の人口を武器に、実験走行によるビッグデータを保持し、EVに関するデータと技術を育んできました。

ドイツの伝統的な自動車メーカーはデジタル分野ではそこまで強くないことから、今後EV化にあたって中国からデータや技術供与をしてもらわなければいけないリスクが生じます。

中国では政府が民間企業の経営に干渉して、外国企業との合弁会社を接収することもあり得ることから、カントリーリスクが大きくドイツ企業としても中国企業とのつながりに慎重にならざるを得なくなってきました。

これがドイツが親中路線を方針転換し、アメリカやイギリスに続いて台湾周辺の海域に軍艦を差し向けた理由になります。

日本では2021年5月に自民党の議員グループが「半導体戦略推進議員連盟」を結成し、半導体戦略が国家の命運をかける戦いになることを参加者に呼びかけました。

かつて半導体王国であった日本は、ここ30年でその地位から脱落し、半導体産業を復活させるためには、TSMCの最先端の技術に頼る必要がありました。

日本の台湾への粘り強い交渉の結果、TSMCは2021年10月に日本に工場を建設する方針を発表します。

同時期に組閣された岸田内閣は経済安全保障を担当する大臣ポストを新設し、半導体サプライチェーン強化策を打ち出しました。

半導体への政府の補助金はアメリカや中国と比べて見劣りしますが、それでも半導体への投資を行わなければ今後、国の産業を維持することが危ういことから、日本政府はTSMCの工場の建設費の多くを負担する方針です。

以上、現代の半導体の地政学について簡単ですがまとめてみました。

日本では今年の11月に先端半導体研究開発基盤「LSTC(Leading-edge Semiconductor Technology Center)」の立ち上げと、キオクシア、ソニーグループ、ソフトバンク、デンソー、トヨタ自動車、NEC、NTT、三菱UFJ銀行が出資した半導体製造会社Rapidus(ラピダス)の設立がニュースで報道され、大きな話題を呼びました。

今後、日本の半導体産業が復興できるかどうか、LSTCとRapidusの動向にも要注目です。

ここまで読んで頂き、ありがとうございました。

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